YAMADA TOMOMI WALKING STYLE

Essay エッセイ

Vol.59 上向きの連鎖が「福」を呼ぶ ~経験を最大限に生かし、未来へつなげる方法~

慌ただしい年の瀬、みなさんいかがお過ごしですか。今年は海の向こうで痛ましいニュースが続いた一年でしたけれど、せめて最後は心温まる気持ちで締めくくりたいものです。

さて、今年フィナーレとなる今回は、たくさんの気づきが鏤められた“ちょっといいお話”をご紹介したいと思います。いつもより少し長いですが、最後までお付き合いくださいね。

その事の発端は、今から2年ほど前の大雪の日。その日は都内ホテルのブライダルフェアで、朝から大忙し。翌日には箱根出張が控えていて、トークショーやらスタッフの指示やらにキリキリしながら、「この大雪の中、箱根にスムーズに辿り着くにはどうすればいい?」と頭の中はフル回転。結局大雪による交通遅延の可能性を見越し、くたくたの体を引きずって箱根に前乗りすることにしました。

なんとか宮ノ下駅についたものの、改札前の急勾配の坂道は雨と雪でどろどろ。両手のこの大荷物を持って下るのか……と気持ちが沈みかけていた私のところへ、一人の黒服の男性が近づいてきました。「富士屋ホテルのお客様でございますか?」 あいにくその日は別のホテルを予約していたので、「残念、違うんです」とお返事。その後もしばらくまごまごしていると、自分のホテルのゲストを車に乗せた黒服の彼がもう一度私のところへやって来て、「助手席しか空いていないのですが、よろしかったら乗っていきませんか?」と声をかけてくれたんです。まぁ、なんてやさしいの! 普段ならご迷惑になりますから、と辞退するのだけど、目の前の坂道に挫けてとっさに「いいんですか?」と返してしまって(笑)。お言葉に甘え、ホテルまで送っていただきました。

以前から箱根にはなじみがあって、富士屋ホテルは宿泊したことこそないものの食事には何度か訪れたことがあり、対応は常に手厚く、嫌な思いをしたことが一度もありません。すばらしいホスピタリティのホテルだな、と常々思っていたので、今回のできごともその思いを確かにする経験でした。

さて、翌日。前の日の雪が嘘のようにカラッと晴れ渡り、疲れてはいたけれど、前日すっきりと準備ができたおかげで仕事は滞りなく済み、ホテルへ戻りました。「そうだ、昨晩の富士屋ホテルの方にお礼をしよう」と思い立ち、もちろん手みやげの用意はないから近所で菓子折りを買い求め、それを携えて富士屋ホテルへ。タイミングよくその方がフロントにいらしたので声をかけ、「昨日はありがとうございました。後でゆっくりお礼をと思っていたのですが、昨日のご親切のおかげでいいお仕事ができて、すぐにお礼をお伝えしたくなってしまって」と菓子折りと名刺をお渡ししてご挨拶。富士屋ホテルを出て東京に戻ると、その晩とても丁寧なメールが彼から届きました。

いただいた親切に重ねてお礼を伝える返信をしたところ、「箱根のホテリエとして当然のことでございます」という彼からのお返事。それが“富士屋ホテル”ではなく「箱根の人間なら誰でもやります」というニュアンスで、そう言い切ってしまう潔さがとてもカッコよかった。その土地をひとくくりにして、自分ごとに考える思慮の深さ、それがまた上辺でなくとても自然体で。もちろん観光地だからという手前はあるでしょうけど、彼自身はもちろん、そんなホテリエを育てる会社に敬服しました。その言葉と姿勢は私の仕事にも生かせると思ったし、勉強にもなったからその後もずっと頭から離れなかったんです。

そして2年近くを経た、つい先日のこと。とある会合のため、富士屋ホテルに宿泊することになりました。その日はたまたま私の誕生日で、行く前は「今日でなくても……」と気乗りしなかったものの、参加することに。結果その会合は、それを境に人生が変わったと言っていいほどすばらしいご縁にたくさん恵まれた会となったのだけど、その中に富士屋ホテルの社長さんもいらっしゃって。ホテリエの彼のエピソードを、直接お伝えすることができたんです。

その流れでさらに社長さんのお話を伺うと、箱根に対する思いや経営方針といった社会的な話題だけでなく、ユーモアのセンスももち併せていらして。そんなふうに杓子定規でない、色々な表情を見せられる人間味豊かな企業トップの姿に惚れ惚れすると同時に、こういう方のもとならあのホテリエのような部下も育つだろうな……と納得。その日は富士屋ホテルの社長さんをはじめ、同様にすばらしい方々と接する中で、私自身「もっと大きなステージに向けてやるべきこと」を、今がやるべき時なのだと気づかせていただく側面もありました。

少し話が逸れますが、私とアシスタントの子の間には「やり取りをする時は互いにラッピングをかけ合おうね」というルールを設けています。例えば、アシスタントの子に「これを教えます」っていう1つの箱を渡したとする。そうしたら彼女は、その箱を他の人に渡すとき自分なりのラッピングをかけないといけない。で、その箱が他の人によってまた違うラッピングをかけられる。どこかで箱が開けられるかもしれないし、リボンが違う形になるかもしれない。いいものが人を介すことで、さらにいいものになっていく。そういう“上向きの連鎖”がすごく大事だと思っているんですね。

ボディに置き換えても同じ。あるレッスンで、私が指導しましたっていうラッピングをかけた箱を渡したら、受け取った人は次のレッスンまでにそれをどういうふうに消化してきたか、リボンを変えてもってくる。じゃあ、私はそこにメッセージカードをつけましょう……こんなふうに、やり取りが成長の連鎖になります。

2年越しで繋がった富士屋ホテルのエピソードは、今、このタイミングでトップの方、大本のビジョンを発している方にお伝えできたのがまずうれしかったのと、そのエピソードを同じく大切に受け止めてくださる方々にも一緒に聞いていただけこと、そして私自身が大切に考え、続けてきたことは間違ってなかったと思えたこと、これから進むべき道が見晴らせたこと、そんなたくさんの喜びに連鎖して、思いがけず大きなバースデープレゼントをいただいたような、特別なできごとになりました。

経験というものは積んでも積んでも、さらに積んでも「これで十分」となることはないですよね。心動かされる物事と出合い、受け取ったら自分の考えや経験というラッピングを重ねて然るべき時、然るべき人へ受け渡していこう。すると、ある時にふっと思いもかけない形で次に自分のするべきこと、必要なことが見えてくる。

みなさんも素敵なできごとがあったら、ぜひ自分にしかできないラッピングをかけて次の方へ渡してみてください。そこから始まる上向きの連鎖で、希望に満ちた新年が開かれますように。